現代に生きる過去の遺跡中里富士。 現代に伝わる過去からの祭典火の花祭り。

闇夜の中 オレンジ色に燃え盛る炎 丸嘉講田無組 中里富士講の「火の花」
画像提供 有坂蓉子(ありさか ようこ)さん (有名な吉川英治さんでおなじみの講談社)
キーワード:富士登山 富士講 田無組中里富士講 清瀬市 民俗文化財
| 講 名 | 講 章 | 講の行事 | 冨士講とは | 文化財 | 講の運営 | |
| 丸嘉講田無組 中里富士講 |
火の花の画像に リンク 画像提供 有坂蓉子さん (絵画芸術家) |
丸嘉講の 富士登山 |
冨士講の 発祥 |
中里富士塚 にリンク |
工事中 | |
| 中里富士塚 周辺地図 |
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![]() 駿河の国(現在の静岡県)にある富士山は標高3,776m 日本一高い山です。 遠方から眺める山形は、裾野がなだらかで広く、頂上に行く ほど傾斜が急になって、頂上が平らに見える台形で安定感 があります。 他の山を寄せ付けず、単独で聳える姿は遠方からもよく見え 近県では富士山の美形が良く見える場所が多くあり、富士見台 や富士見市等、富士の名にあやかった地名も多く存在します。 |
| 清瀬市指定無形民俗文化財 火の花祭り 開催場所:東京都清瀬市中里3丁目991番地 中里富士塚 毎年9月1日中里富士山の麓(ふもと)で麦藁を燃やす火の花祭りがあります。 (8月31日夕方は盆踊りの前夜祭) これも、本山の火の花を模擬したものでしょう。 約5m程に細長い円筒状に積み上げられた麦藁を燃やす儀式です。 午後9時に着火されます。 着火する前に、白装束の先達さんや、講員が熊避けの鈴を鳴らして山頂に登り祈りを捧げ、御神酒を交わします。 下山してから、着火して先達さんが祈りを捧げます。 先達や、副先達さんの神聖な祈りと、鮮やかに燃える姿は、厳粛と華々しさのハーモニーです。 前夜祭と当日は盆踊りでにぎわいます。盆踊りは中里共栄会(主に地域の商工業者の団体)が段取りやかたづけをして頂いています。 麦藁は、農家にとってはかつて、貴重品でした。 調理の燃料や、堆肥の原料になくてはならないもので、麦藁の堆肥は秋に播種する麦の堆肥に多く使われ、その量や質 は作柄を左右する程でした。 各農家から、少しずつ集められ、高く積み上げられた貴重品の麦藁が火を放ち燃える姿は、一気に貴重品が消滅する豪快さを先人の心に残したでしょう。 燃えがらの灰は、畑にまくと作物がよく出来る、門口にまくと火災除けや魔よけになり、また家族が病気をしないという有り難さが伝えられ、家内安全や農作業の希望の徴(しるし)にもなりました。 火の花祭り画像にリンク 今日の農家は麦を作付けしなくなりましたので、 火の花用麦藁は、主に先達さんが栽培して確保し ています.。 清瀬の郷土博物館の庭で、博物館に展示してあ る昔の脱穀器や竹や細木で作ったくるり棒で穂を落 とし、篩(ふるい)で殻をとり、唐箕(とうみ)で粒を選 別します。 公開作業のため、昔の食料生産の一端を見学出来ます。 作業名は「ぼうち」です。
戦後は、テレビなどの家庭内娯楽が無かったため、火の花は楽しみの一つでした。富士山の境内に舞台を掛け、拡声器(今のアンプ)をどこからか調達してきて、近所の浪花節の名士が佐渡情話の恋物語りを演じたり、港シャンソンやハワイ航路等のかつてのヒット曲に合わせ、船乗りの正装衣装を纏った若者が、異性を意識してか、格好よく踊ったものでした。 いまでは、盆踊り大会に代わりましたが、8月31日が前夜祭の盆踊り、9月1日が本番で、多分清瀬では年内の一番遅い盆踊りでしょう。 場所:東京都清瀬市中里3丁目991番地 西武池袋線池袋駅より約30分清瀬駅下車 北口より 1番乗り場:清62志木駅南口行き (中里・旭が丘5丁目経由) または 2番乗り場:清64-2台田団地行き (中里経由) 乗車、よりバス停5つめ中里4丁目下車。 徒歩約5分。 火の花の日は(前夜祭の日も)自動車交通規制 があります。駐車場はありません。 地図 |
冨士講の発祥 昔は、農作業に追われ只働くだけでした。 そんな風習の中、物見遊山は夢の夢でした。 遊びに出ようものなら、怠け者と後ろ指を指されたでしょう。 でも、たまには物見遊山もしたいものです。 神を信神してのお宮参りは、誰はばかることもなく行かれる物見遊山だったのです。 その当時路銀すら簡単に蓄財出来るものではありません。 富士講に、毎年お金を少しずつ納め、くじ引きで参拝者を決め、交代で参拝しました。 初めて行く富士山、一人では登山準備や道も分かりません。 登山に慣れた先達さんに、道案内してもらったのです。 現代用語に例えると登山のリーダー・ガイドです。 先達になるには、最低富士登山7回をクリヤするのが最低条件です。 先達さんは、登山の安全守る役目の他、神事を司る儀式の中心的存在としての重要な役目を司どります。 中里冨士講の属している富士講は丸嘉講田無組です。 丸嘉講は、清瀬市、東久留米、田無(現西東京市)、武蔵境などが属します。 富士講は丸嘉講だけでなく、各地にあります。 富士登頂や、本山の火の花まつりで宿泊する宿は丸嘉講では昔か上文司さんという御師の家です。 冨士講員が寄進した昔からの金額が、木額に記載されて飾られた古風で風流な由緒ある宿です。 |
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| 円嘉講の富士登山 富士登山も講にとっては重要な儀式です。 毎年7月に富士登山が行われます。 清瀬市中里と隣町の東久留米市や田無市(現在西東京市)で構成された丸嘉講で登山者は総勢30人程度です。 観光バスで浅間神社(せんげんじんじゃ)に行き登山の安全祈願のお祓いを受けてから5合目までバスで登ります。 そこで、登頂する方は徒歩で登り、7合目の山小屋で仮眠してから登頂してご来光を仰ぎます。 登頂が無理な方は、下山して神社などにお参り等してから、富士吉田市の上文司と言う御師に宿泊します。 翌日、バスで5合目に登頂組を迎えに行き、合流して、浅間神社に無事下山のお礼をして帰宅します。 登頂する場合は、地下足袋、麦藁帽子、防寒着、靴下、懐中電灯、杖等の装備をします。 富士の火祭り 中里富士の様に麦藁ではなく、薪を道路に十数カ所積み上げ燃やします。その勇壮さは、テレビで中継された程です。 毎年7月下旬に行われます。 富士山を神に例え、多くの信心客や物見遊山客で賑わうことのある富士山、きっと舞台裏では、多くの経済効果的恩恵を恵み、神事関係、宿場関係、土産物関係、交通関係等、雄大な富士山は多くの民を養ってきたことでしょう。 |
| 丸嘉講の宿 上文司さん(御師)の外観(2006.1.9撮影) | |
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| 入り口の長屋門 | 屋 敷 内 |
| 屋敷内には、植木の他小さな滝もあります。(落ち着いて宿泊できる屋敷です。) | |
| 講の行事 [星祭り] | |||
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祭壇の様子 |
これから拝み。実はラジカセに お経の声の手本が入っているのです。 |
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星祭のクライマックス。経本を見ての拝み。 |
なおらいの様子 |
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| 冨士塚にまつわる著書 | ||
ご近所富士山の「謎」表紙 |
絵画美術家の粒さな視感で着 眼した冨士塚や石碑の写真画 像と説明文は配置エラストと並ん だ記述は過去の要点を捉えて 興味を誘う。 富士講ですら冨士塚にまつわる 十分な記録は残っていない。 それに補足するものとしてこの 著書は各富士講でも保存して後 世に伝えたい現代執筆した過去 の記録である。 文章の一部を引用すると「富士 吉田の「火祭り」を模したイベント が、東京で2ヶ所見られる。富士山 が火山だと思い起こさせてくれる 鎮火の願いを、火をもって表現し ている。」(P197より引用) 中里富士講の火の花祭も本山の 火の花から写されたでしょうか。 |
東京、神奈川、千葉、埼玉にまつわる 冨士塚36基が山形や、設置されてている 石碑のいわれなも記述している。 以外に都心に多く見られます。 著 者 有坂蓉子(ありさか ようこ) 著 名 ご近所富士山の「謎」 発 行 講談社+α新書 頁 数 237ページ 寸 法 縦約17.4cm 横約11.7cm (少し大きなポケットサイズ。) 参考文献 23件 カラー画像 4ページ 価 格 933円(税別) 本頁に著書掲載につきましては著者より 口答で快諾を頂いております。 関連ブログ http://hibiscusfujizzz.blog.shinobi.jp/ 中里富士講の様子も記述されています。 |
| お問い合わせ 現在は、中里冨士講に関する、複数の方のお問い合わせに対応する担当者はおりません。 |
このページは、中里冨士講員の町田が、丸嘉講田無組に寄進したものです。現在は、中里冨士講に内容が特定しておりますが、ご要望があれば、特定範囲を広く、文章や画像の充実を期しております。画像や文章の資料が乏しいので、補充下されば有り難いです。 |
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| 富士山関係にリンク |
登山装備やマイカー通行規制他富士 登山の注意事項が記載されています。 |
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後悔しない富士登山 |
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